婚姻関係の破綻
慰謝料の問題に携わっていると、請求先の不貞相手本人やその代理人から、請求者の婚姻関係は既に破綻していたので慰謝料の請求は認められないとか、相当程度減額されるべきであるとの主張がなされることがよくあります。
果してこのような破綻の主張は認められるのでしょうか。実務上どのように取り扱われているかについて少し掘り下げて説明させて頂きます。
目次
1 婚姻関係の破綻とは?
婚姻関係の破綻とは、元々は、夫婦の一方が他方に対し離婚を求める場合に、裁判所に離婚を認めてもらうために、婚姻関係の終結事由として主張されてきたものです。
慰謝料請求においては、この婚姻関係の破綻が認められると、そもそも、請求者に保護すべき利益がないことになり、慰謝料請求が認められなくなります。
よって、この判断は非常に重要な問題になります。
2 明確な定義はあるの?
もっとも、この婚姻関係の破綻については明確な定義はありません。
判断基準を示した裁判例として、東京地裁平成22年9月9日判決は、婚姻関係の破綻とは、「民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事情がある」と評価できるほどに、婚姻関係が完全に修復の見込みのない状況に立ち入っていることを指すものと解するのが相当である。」と判示し、その状況になったか否かについては、婚姻の期間、夫婦に不和が生じた期間、夫婦双方の婚姻関係を継続する意思の有無及びその強さ、夫婦の関係修復への努力の有無やその期間等の事情を総合して判断するのが相当であると解する。」と述べています。
このとおり、具体的な基準は示されているものの、何を重視するかによりどちらにも傾く基準であり、明確に定義することが難しい問題であることが伺われます。
3 婚姻関係の破綻についての裁判所の態度
(1)裁判所の破綻判断の消極性
率直に言って、裁判所は、婚姻関係の破綻の判断そのものを行うことについては非常に消極的であるといえます。
多くの裁判例を見るにつけ、「婚姻関係が危うい状態であるが破綻はしていない。」というような破綻そのものには消極的な判断をしているケースが多いです。
もっとも、慰謝料請求との関係では、そのような破綻そのものを判断しない裁判例の立場も重要な意味を持ちます。
慰謝料請求においては、破綻やそれに準ずる関係が認定された場合には、慰謝料額が相当程度減額されているケースが多いからです。
(2)裁判例、裁判実務を検討して、破綻そのものが認められやすいと考えられるケース
- ア 夫婦が互いに離婚の意思を表明し、離婚に向けた協議を行ったり、離婚調停を申立てているケースでは、破綻が認められるやすい方向にあるといえます。もっとも、そのような場合でも、離婚調停を取り下げた場合に破綻を認めなかった判例が存在しますので注意が必要です。
- イ 離婚を前提に2年以上別居している状況にある場合には、破綻が認められやすい方向にあると言えます。
- ウ 家庭内別居の場合にも、会話や食事等の日常的接触が避けられるに至り、そのような状況が相当期間継続し、寝室や家計まで別々であれば、破綻していると認められやすいと言えます。
4 慰謝料請求における婚姻関係の破綻の持つ意義
(1)請求側
上述したように、婚姻関係の破綻が認められると理論上は慰謝料の請求は認められませんが、実務上、破綻が認められるケースは少ないので、請求側としては、離婚を前提に別居しているケースや離婚調停を申し立てる等して係争中であるケース、家庭内別居で夫婦間の意思疎通もなく家計も別というケースでない限りは、あまり気にする必要はないのではないものと思われます。
単に夫婦仲が悪いとか、性的関係がしばらくなかったというケースの場合には、裁判官の判断による相当額の減額事由にとどまるものと思われます。この場合には、請求側としては、夫婦間のことで相手方には必ずしも明らかではない事項ですから、夫婦関係が良好であったことを基礎づける事実を積極的に主張していくのが得策であると思われます。
(2)被請求側
婚姻関係が破綻していると認められやすい上記3に掲げる事由がある場合には、積極的に主張して行くべきです。
また、その程度に至らないまでも、それに準ずる事情がある場合は、裁判官による相当額の減額事由になりえますので、交渉段階においても、積極的に主張していくのが得策であると思われます。